稲橋ゆみ子の政策の原点

小さな声を、地域の仕組みに

稲橋ゆみ子は、5期20年、市議会議員として活動してきました。
子ども食堂、介護、認知症、がん、ヤングケアラー、地域福祉、平和、公共施設、市民参加。
一見すると別々に見える課題も、暮らしの中ではつながっています。
子どもが学校に行けなくなったとき。
親の介護が急に始まったとき。
病気で働き方を変えざるをえなくなったとき。
家族のケアを、子どもや若者が担っているとき。
誰にも相談できず、声を上げる余裕さえなくなったとき。
稲橋ゆみ子が大切にしてきたのは、そうした小さな声を、相談だけで終わらせず、地域の仕組みや制度に変えていくことです。

A. 稲橋ゆみ子の原点

Q1.稲橋ゆみ子の政策は、どんな経験から生まれていますか?

子ども、介護、認知症、がん、若者支援、地域福祉。
政策の項目だけを見ると、それぞれ別の話に見えるかもしれません。
でも、暮らしの中では、子どものこと、親のこと、病気のこと、お金のこと、孤立のことが重なって起こります。
困っている人ほど、はっきり声を上げられないこともあります。
「この人は、何を見てきた人なのか」と感じたときに読んでほしい質問です。
稲橋ゆみ子の政策は、5期20年の市議会活動、子ども食堂での地域活動、93歳の母をケアする日々、そして地域の人たちから届いた小さな声から生まれています。
子どもが学校に行けなくなる。親の介護が始まる。病気で働き方を変えなければならなくなる。そうした出来事は、誰の暮らしにも起こりえます。
稲橋ゆみ子は、その一つひとつを個人の問題で終わらせず、地域の仕組みとして支えることを大切にしてきました。

Q2. 稲橋ゆみ子は、なぜ小さな声を大切にしているのですか?

「これくらいで相談していいのかな」と思って、何も言えなかった。
行政の窓口に行く前に、気力が尽きてしまった。
家族の中の困りごとを、外に出していいのか分からなかった。
子どもや高齢の親の変化に気づいても、どこにつなげればいいか分からなかった。
そんな小さなためらいの中に、暮らしの大きな課題が隠れていることがあります。
稲橋ゆみ子が小さな声を大切にするのは、困っている人ほど声を上げる余裕を失っていることがあるからです。
はっきり「助けて」と言える人だけが支援につながる社会では、支えきれない人が残されてしまいます。
だからこそ、稲橋ゆみ子は、地域の中で聞こえてくる小さな声を受け止め、人や場所、専門職、行政につなぎ、必要な仕組みに変えることを重視しています。

Q3. 稲橋ゆみ子は、なぜ相談で終わらせず、仕組みに変えることを重視するのですか?

相談したのに、その場だけで終わってしまった。
同じような困りごとを抱えている人が、地域に何人もいると感じた。
ボランティアや善意だけで続けるには限界がある。
担当者が変わると支援も途切れるのではないかと不安になる。
一つの相談から、まち全体の課題が見えることがあります。
稲橋ゆみ子は、相談を受けるだけでなく、その声を地域の仕組みに変えることを大切にしてきました。
たとえば、子ども食堂は、善意だけでは長く続けることが難しい活動です。必要な人に場所を知らせ、運営する人を支え、地域全体で応援できる仕組みがあってこそ、居場所として続いていきます。
一人の困りごとを、次に困る人の支えに変える。それが稲橋ゆみ子の姿勢です。

Q4. 稲橋ゆみ子は、なぜ子育てや介護を社会で支えるべきだと考えるのですか?

子育てを家庭だけで抱えるのは限界だと感じた。
親の介護が始まり、仕事や自分の生活が大きく変わった。
家族だからやるのが当然、と言われることに苦しくなった。
介護保険があっても、家族の手がなければ生活が成り立たない。
子育てと介護が同時に重なり、生活全体が回らなくなる。
そんな現実は、誰にでも起こりえます。
稲橋ゆみ子は、子育てや介護を家庭だけの責任にしてはいけないと考えています。
子どもは生まれる場所を自分で決められません。介護も、する側・される側を自由に選べるわけではありません。
だからこそ、地域、福祉、医療、行政、事業者が少しずつ力を出し合い、家族だけに負担を押しつけない仕組みが必要です。
子育てと介護は、社会全体で支える仕事です。

Q5. 稲橋ゆみ子にとって、市議会議員の役割は何ですか?

市議会議員が何をしているのか分からない。
自分の困りごとは、どこで決定につながるのか分からない。
地域で話しているだけでは、声が届かないと感じる。
若い世代にも、まちのことを自分ごととして考えてほしい。
市議会を、もっと身近な場所として感じたい。
そう思ったときに読んでほしい質問です。
稲橋ゆみ子にとって、市議会議員の役割は、市民の声を大事な決定の場へ届けることです。
まちの計画、福祉の仕組み、公共施設、子どもや高齢者の支援。暮らしに関わる多くのことは、市議会で議論されます。
稲橋ゆみ子は、市議会議員を特別な存在にするのではなく、市民から託された役割として、地域の声を受け止め、制度につなげることを大切にしています。

B. 子ども食堂・地域の居場所

Q6. 稲橋ゆみ子は、なぜ子ども食堂に関わってきたのですか?

子どもが家でも学校でもない場所を必要としている。
学校に行けない子どもが、誰かとつながる場所を探している。
一人で食事をしている子が、地域にいるかもしれない。
家庭の事情を聞き出す前に、まず安心して来られる場所が必要だ。
子どもが何も話さなくても、そこに居られる場所が必要だ。
そう感じることがあります。
稲橋ゆみ子が子ども食堂に関わってきた背景には、子どもたちの未来を地域で支えたいという思いがあります。
子ども食堂は、食事を提供するだけの場所ではありません。学校に行けない子ども、家庭に困りごとを抱える子ども、一人で食事をしている高齢者、地域で役割を持ちたい人が、ゆるやかにつながる場所です。
食べることは、相談の前にある大切な入口です。

Q7. 子ども食堂で、稲橋ゆみ子は何を見てきましたか?

子どもだけでなく、高齢者も地域の中で孤立している。
一人でご飯を食べる寂しさを抱えた人がいる。
学校に行けない子どもにも、地域の大人との関わりが必要だ。
子どもが土を掘る、料理を手伝う、何もしないで過ごす。
そういう時間の中で、その子らしさが見えてくることがあります。
稲橋ゆみ子は、子ども食堂で、当初想定していなかった地域の姿を見てきました。
子どもを応援するために始まった場所に、一人暮らしの高齢者が手伝いに来る。人と話し、役割を持ち、一緒に食べることで元気になっていく。
子ども食堂は、子どもだけの場所ではありません。地域の人がつながり直す場所でもあります。

Q8. 稲橋ゆみ子は、なぜ子ども食堂を地域の仕組みとして支える必要があると考えたのですか?

食材費や光熱費、人手の確保が重くのしかかる。
地域で大事な活動ほど、運営する人が疲れてしまう。
子ども食堂がどこにあるのか、必要な人ほど知らない。
善意だけでは続けられない。
それでも、その場所を必要としている子どもや家庭がある。
そんなとき、地域の活動を制度で支えることが必要になります。
稲橋ゆみ子は、子ども食堂を、地域の大切な居場所として続けていくためには、運営する人を支える仕組みが必要だと考えてきました。
どこで開かれているのかを分かりやすくすること。活動を続けるための支援を用意すること。学校や地域から必要な子どもにつなげること。
子ども食堂を支えることは、そこにつながる子どもと地域を支えることです。

Q9. 稲橋ゆみ子は、なぜ家庭でも学校でもない第三の居場所を重視するのですか?

子どもが学校に行けないけれど、家だけにいるのも心配。
学校に戻ることだけを目標にされると苦しくなる。
家にも学校にも安心できる場所がない子どもがいる。
親が焦るほど、子どもが黙ってしまう。
学校でも家庭でもない場所があれば、少し息ができるかもしれない。
そんな場面があります。
稲橋ゆみ子は、家庭でも学校でもない第三の居場所を重視しています。
学校に行けない子どもや、家庭の中で困りごとを抱える子どもにとって、家と学校だけでは選択肢が足りないことがあります。
子ども食堂、学習支援、夜の若者の居場所、地域のサードプレイス。そうした場所があることで、子どもや若者が孤立せず、自分のペースで人とつながることができます。

Q10. 稲橋ゆみ子は、なぜ地域福祉アンテナショップを重視しているのですか?

市役所まで行くほどではないけれど、少し相談したい。
地域にどんな居場所や支援があるのか分からない。
子ども食堂、認知症カフェ、健康体操、サロンが別々に動いている。
住民同士がゆるやかにつながる拠点が必要だ。
一人暮らしの高齢者や子育て家庭が、地域で孤立しないようにしたい。
そう感じるときがあります。
稲橋ゆみ子は、地域福祉アンテナショップを、地域の人や居場所をつなぐ拠点として重視しています。
地域には、すでに多くの支え合いがあります。子ども食堂、認知症カフェ、健康体操、高齢者のサロン、地域活動。
それらがばらばらに存在するのではなく、必要な人につながることで、地域全体の支え合いが強くなります。

C. 子ども・若者・ヤングケアラー

Q11. 稲橋ゆみ子は、なぜ不登校支援に取り組むのですか?

朝、子どもが制服を着たまま動けなくなった。
理由を聞いても、本人も説明できない。
家で昼夜逆転し、親子の会話が減っている。
保健室や別室にも行けず、家に閉じこもっている。
「また休むの?」と言ってしまったあと、自己嫌悪になる。
そんな時間を過ごしている家庭があります。
稲橋ゆみ子は、不登校を子ども本人や家庭だけの問題として扱うのではなく、地域全体で支える必要があると考えています。
学校に戻ることだけではなく、安心して過ごせる場所、人とつながれる場所、自分のペースで回復できる場所が必要です。
子ども食堂や地域の居場所は、学校と家庭の間にある大切な支えになります。

Q12. 稲橋ゆみ子は、なぜヤングケアラー支援を重視するのですか?

家族の通院付き添いで学校を休む子がいる。
夕方になると急いで帰り、家事やきょうだいの世話をしている。
アルバイト代を自分のためではなく、家計に入れている若者がいる。
親の病気や介護のことを、誰にも話せない。
「家のことだから」と言って、助けを求めない。
そんな子どもや若者がいます。
稲橋ゆみ子がヤングケアラー支援を重視するのは、家族の介護や病気、貧困、生活の困難が、子どもの学校生活や進路に影響することを見てきたからです。
表面には、欠席や遅刻、成績の低下として現れることがあります。でもその背景には、家庭の中で背負っているケアがあるかもしれません。
家族思いの子どもを、制度のすき間に置き去りにしない支援が必要です。

Q13. 稲橋ゆみ子は、なぜ外国籍の子どもの生きづらさにも目を向けているのですか?

日本語が十分に分からず、学校で困っている子どもがいる。
保護者が学校からの連絡を理解しづらい。
文化や言葉の違いで、子どもが孤立している。
困っていても、家庭が相談先につながりにくい。
子ども本人が、困っていることをうまく説明できない。
そんな場面があります。
稲橋ゆみ子は、外国籍の子どもや家庭が、言葉や制度の壁によって支援にたどり着きにくいことにも目を向けています。
学校だけで抱えるのではなく、地域の居場所、学習支援、福祉、行政がつながることで、子どもや家庭が孤立しにくくなります。
多文化共生は理念だけではなく、日々の困りごとに届く支援として進める必要があります。

Q14. 稲橋ゆみ子は、なぜ発達支援を重視しているのですか?

健診で発達のことを指摘され、頭が真っ白になった。
幼稚園や保育園で「受け入れが難しい」と言われた。
診断名がついたあと、これからの生活が不安になった。
子どもはいつも通りなのに、周囲の見方だけが変わったように感じた。
親が一人で抱え込み、泣き崩れるほど追い詰められている。
そんな現実があります。
稲橋ゆみ子は、発達支援を、子どもと保護者が孤立しないための大切な仕組みとして重視しています。
発達の凸凹は、その子の個性として受け止められるべきです。ただし、「個性」と言うだけでは足りません。相談できる場所、受け入れ体制、保護者への支援、周囲の理解が必要です。
親も子どもも、地域の中で支えられる仕組みをつくることが大切です。

Q15. 稲橋ゆみ子は、なぜ子ども・若者の自殺対策に取り組むのですか?

若者が孤立しているのではないかと心配になる。
学校にも家庭にも居場所を感じていないように見える。
医療につながっても、家に戻った後の支えが見えない。
夜になると苦しさが深くなる子どもや若者がいる。
命は助かっても、その後の日常を誰が支えるのか分からない。
そんな課題があります。
稲橋ゆみ子は、子ども・若者の自殺対策を、医療だけでなく地域全体で支える課題として捉えています。
医療機関につながることは大切です。しかし、その後に家へ戻り、学校や地域で暮らし続ける時間を支える仕組みも必要です。
医療、行政、地域の居場所がつながり、子どもや若者を一人にしない伴走支援が求められます。

Q16. 稲橋ゆみ子は、なぜ夜のユースセンターやサードプレイスを重視するのですか?

夜になると、若者の孤独が深くなる。
家に帰りたくない子がいる。
昼間の相談窓口には行けない若者がいる。
学校や家庭に居場所がない。
情報を渡されても、一人ではその場所まで行けない。
そんな子どもや若者がいます。
稲橋ゆみ子は、家でも学校でもないサードプレイスが、子どもや若者の命と暮らしを支える場所になりうると考えています。
居場所は、ただ建物があればいいわけではありません。そこへ行ける関係、つなぐ人、待ってくれる人が必要です。
若者が孤立する前に、安心して立ち寄れる場所を地域の中に増やすことが大切です。

Q17. 稲橋ゆみ子は、なぜ子ども若者支援をぶつ切れにしてはいけないと考えるのですか?

不登校だった子が、卒業後に支援から外れてしまう。
18歳を過ぎた途端、相談先が分からなくなる。
家庭の困りごとが、教育、介護、福祉にまたがっている。
若者が就職しても、生活の困難を抱え続けている。
制度の年齢や部署の区切りで、本人の困りごとが分断される。
そんなことがあります。

稲橋ゆみ子は、子どもや若者の困りごとは、制度の区切りどおりには起きないと考えています。
学校の問題に見えても、家庭の介護や貧困、親の病気、孤立が関わっているかもしれません。
子どもから若者へ、教育から福祉へ、家庭から地域へ。支援が切れずにつながる仕組みが必要です。

D. 介護・認知症・高齢者

Q18. 稲橋ゆみ子は、93歳の母の介護から何を実感していますか?

高齢の親が一人暮らしを続けている。
介護保険があっても、実際には家族が毎日見ている。
買い物、通院、服薬、家事を誰かが支えている。
一人暮らしを尊重したいが、安全も心配になる。
「大丈夫」と言う親ほど、逆に心配になる。
そんな日々があります。
稲橋ゆみ子は、93歳の母をケアする中で、制度があっても暮らしは家族の手によって支えられている現実を実感しています。
介護保険は大切な仕組みです。しかし、それだけで毎日の生活がすべて成り立つわけではありません。
本人の自立を尊重しながら、家族の負担も孤立も見過ごさない。そうした支援が必要です。

Q19. 稲橋ゆみ子は、なぜ介護する側の孤立にも目を向けるのですか?

介護の大変さを誰にも言えない。
親の前では強く振る舞っているが、一人になると疲れが出る。
仕事や子育てと介護が重なり、自分の時間がなくなっている。
きょうだいに頼れず、一人で抱えている。
「家族だから当然」という空気に苦しくなる。
そんな人がいます。
稲橋ゆみ子が介護する側の孤立に目を向けるのは、介護は本人だけでなく、家族の暮らしも大きく変えるからです。
介護する人が疲れ切ってしまえば、介護される人の暮らしも守れなくなります。
相談できる場所、休める仕組み、介護者同士で話せる場、地域とつながる機会。ケアする人を支えることも、介護政策の大切な一部です。

Q20. 稲橋ゆみ子は、なぜ一人暮らし高齢者の支援を重視しているのですか?

高齢の親が一人で暮らしていて心配になる。
何日も誰とも話していない人がいる。
買い物や通院が難しくなっている。
食事が簡単なものばかりになっている。
近所とのつながりが薄くなっている。
でも本人は「大丈夫」と言う。
そんな暮らしがあります。
稲橋ゆみ子は、一人暮らし高齢者の孤立を、地域全体で支えるべき課題として捉えています。
子ども食堂の場では、高齢者が手伝いに来て、人と話し、役割を持ち、一緒に食べることで元気になっていく姿もあります。
一人暮らしでも孤立しないためには、食事、会話、見守り、相談、役割が地域の中にあることが大切です。

Q21. 稲橋ゆみ子は、なぜ認知症支援に取り組んできたのですか?

親が同じ話を何度もするようになった。
冷蔵庫に同じ食品がいくつも入っている。
薬を飲んだかどうか分からなくなっている。
火の消し忘れが心配で、仕事中も気になってしまう。
「認知症かもしれない」と思っても、本人にどう切り出せばいいか分からない。
そんな不安は、誰の家庭にも起こりうるものです。
稲橋ゆみ子は、認知症を特別な人だけの問題ではなく、誰にとっても身近な不安として捉えています。
認知症になっても、本人と家族が地域で安心して暮らし続けるためには、早い段階で相談できる場所、気軽に集える場、地域に出向いて話を聞く支援が必要です。
隠すのではなく、地域で普通に話せる空気をつくることが大切です。

Q22. 認知症地域支援推進員の6人体制には、どんな意味がありますか?

認知症の相談が、もっと身近な地域でできればと思う。
市内のどこに住んでいても、支援が届いてほしい。
家族がどこに相談すればいいか分からない。
地域ごとの実情に合った支援が必要だ。
早めに相談できれば、本人も家族も少し安心できる。
そんなとき、地域に専門職がいる意味は大きくなります。
認知症地域支援推進員の体制強化は、認知症の相談や支援を、より身近な地域で受けられるようにするための取り組みです。
地域ごとに支援者が配置されることで、相談対応や見守りがきめ細かくなります。
認知症になっても、家族だけで抱え込まず、地域で暮らし続けるための基盤になります。

Q23. 稲橋ゆみ子は、なぜ認知症カフェや地域に出向く支援を重視するのですか?

本人が病院や相談窓口には行きたがらない。
家族同士で話せる場所がほしい。
認知症について、重く構えずに話せる場が必要だ。
介護者が少し息をつける場所がほしい。
専門職が地域の集まりに来てくれれば相談しやすい。
そんな声があります。
稲橋ゆみ子は、認知症カフェや地域に出向く支援を、認知症を地域で支えるための大切な入口として重視しています。
相談窓口に来るのを待つだけでは、支援が届かない人がいます。
体操教室、サロン、地域の集まりに専門職が出向き、学びや相談の機会をつくることで、認知症について話しやすい地域に近づきます。

E. がん・病気・医療相談

Q24. 稲橋ゆみ子は、なぜがん条例に取り組んできたのですか?

がんと診断され、頭が真っ白になった。
どの病院を選べばいいのか分からない。
治療方針について、誰に相談すればいいか分からない。
家族にどう伝えればいいか悩む。
仕事を続けられるのか、暮らしはどう変わるのか、不安が押し寄せる。
病気は、医療だけでなく生活全体を変えてしまうことがあります。
稲橋ゆみ子は、がんを医療だけの問題ではなく、暮らし、仕事、家族、地域で支える課題として捉えています。
診断後に相談できる体制、同じ経験をした人と話せる場、在宅療養を支える医療・介護の連携。
がんになっても、その人らしく暮らし続けられる地域をつくることが大切です。

Q25. 稲橋ゆみ子は、なぜがんになっても相談できる地域をつくりたいのですか?

病院では聞ききれない生活の不安がある。
家族として、本人をどう支えればいいか分からない。
治療費や仕事、子育てとの両立が心配になる。
医師には聞きづらい小さな不安がたくさんある。
自宅で療養する道について知りたい。
そんな不安は、診断の後から暮らしの中に続いていきます。
稲橋ゆみ子は、がんと診断された後の相談体制を大切にしています。
治療のことだけでなく、仕事、家族、生活費、在宅療養、心の不安まで、相談したいことは多岐にわたります。
敷居の低い相談先が地域にあることで、本人も家族も一人で抱え込まずにすみます。

Q26. 稲橋ゆみ子は、なぜピアサポートやがんカフェを重視するのですか?

同じ経験をした人と話してみたい。
家族や友人には言いづらい不安がある。
治療のことだけでなく、暮らしの実感を話したい。
病院ではなく、地域の中で話せる場所がほしい。
治療後の生活について、経験者の言葉を聞きたい。
そんな思いを持つ人がいます。
稲橋ゆみ子は、ピアサポートやがんカフェを、がんになった人や家族が孤立しないための大切な地域資源として重視しています。
同じ経験をした人だから話せることがあります。
医療相談とは違う安心が、地域の中にあることも大切です。
病気になっても、人とのつながりを失わない地域をつくることが必要です。

Q27. 稲橋ゆみ子は、なぜ医療・介護・地域をつなぐ必要があると考えるのですか?

病院を退院した後の生活が不安になる。
医療は医療、介護は介護で分かれていて、家族が調整に疲れている。
在宅療養、介護、地域の居場所がつながっていない。
本人の暮らしを中心に支援を組み立てたい。
医師、訪問看護、介護、行政、地域が連携してほしい。
そんな場面があります。
稲橋ゆみ子は、医療、介護、地域をつなぐことが、病気や高齢期の暮らしを支えるために欠かせないと考えています。
がん、認知症、在宅療養、介護、若者のメンタルヘルス。どれも医療機関だけでは完結しません。
本人の暮らしを中心に、医療、介護、福祉、地域の居場所がつながることで、安心して暮らし続けられる地域になります。

F. 砂川・平和・環境・公共施設

Q28. 稲橋ゆみ子にとって、砂川の歴史はなぜ重要なのですか?

砂川闘争のことを、地域の歴史として知りたい。
自分たちの土地や暮らしを守るために、声を上げた人たちがいた。
「どうせ声を上げても変わらない」と思ってしまう。
でも過去に、市民が力を合わせて止めたことがある。
子どもたちに、声を上げる歴史を残したい。
そう考えたとき、砂川の記憶は今につながります。
稲橋ゆみ子にとって砂川の歴史は、市民が自分たちの土地と平和を守るために声を上げた記憶です。
砂川には、おかしいことには声を上げる歴史があります。
稲橋ゆみ子は、その土地の記憶を、今の政治姿勢につなげています。
平和や暮らしを守ることは、遠い話ではなく、地域の足元から始まります。

Q29. 稲橋ゆみ子は、なぜ平和を地域から発信する必要があると考えるのですか?

戦争や軍事強化のニュースに不安を感じる。
平和は国だけでなく、自治体からも発信すべきだと思う。
立川の基地の歴史を考える。
子どもたちに平和の大切さを伝えたい。
地域の暮らしと平和は無関係ではない。
そう感じるときがあります。
稲橋ゆみ子は、平和を国政だけの問題ではなく、地域からも発信すべき課題として捉えています。
立川には、砂川の歴史があります。市民が声を上げ、自分たちの土地と暮らしを守ろうとしてきた記憶があります。
だからこそ、平和を抽象的な理念にせず、日々の暮らしを守るための地域の姿勢として発信していくことが大切です。

Q30. 稲橋ゆみ子は、なぜPFASや基地問題に向き合う必要があると考えるのですか?

基地が暮らしの近くにあることを意識した。
PFASや地下水の問題が、健康や子どもの未来に関わると感じた。
オスプレイの飛行に不安を感じた。
水や土壌の安全を守りたい。
地域から国や都へ声を上げる必要がある。
暮らしの不安を、個人ではなく市政で扱ってほしい。
そんな思いがあります。
稲橋ゆみ子は、基地やPFASの問題を、地域の暮らしと安全に関わる問題として捉えています。
平和、環境、健康、水の安全は、別々の課題ではありません。
基地のあるまちとして、立川の市議会が何を言うのか。地域の不安をどう受け止めるのか。
稲橋ゆみ子は、市民の声をもとに、地域から問題に向き合う姿勢を大切にしています。

Q31. 稲橋ゆみ子は、立川の都市化と緑のバランスをどう考えていますか?

駅周辺の開発が進む一方で、緑が減っていると感じる。
便利さと自然の豊かさの両方を大切にしたい。
大型開発の維持費が将来負担になるのではと心配になる。
砂川や西砂の農地、玉川上水の緑を残したい。
中心市街地だけでなく、北西部の暮らしも大切にしたい。
そう感じる人もいるはずです。
稲橋ゆみ子は、立川の都市化をすべて否定するのではなく、無理な開発や将来負担を慎重に見ながら、都市機能と緑の豊かさのバランスを重視しています。
駅周辺のにぎわいも、北側や西側に残る緑や農地も、どちらも立川の魅力です。
将来の子どもたちに負担だけを残さず、便利さと豊かさが共存するまちをつくることが大切です。

Q32. 稲橋ゆみ子は、なぜ公共施設のあり方を市民が決めるべきだと考えるのですか?

公共施設の統廃合が、知らないところで進んでいるように感じる。
税金でつくられた施設の使い方は、市民が話し合うべきだと思う。
図書館、学習室、地域施設がなくなることに不安がある。
公共施設は、単なる建物ではなく地域の居場所だ。
文化や学びの場を、費用だけで判断してほしくない。
そんな思いがあります。
稲橋ゆみ子は、公共施設は市民の暮らしを支える大切な地域資源だと考えています。
老朽化や財政の課題があるからこそ、行政だけで決めるのではなく、市民が必要性や使い方を話し合える仕組みが必要です。
公共施設は、子ども、高齢者、若者、地域の人がつながる場所でもあります。市民が主役のまちづくりに欠かせないテーマです。

G. 立憲民主党・ボトムアップ

Q33. 稲橋ゆみ子は、なぜ立憲民主党と向き合い続けるのですか?

正直、今の政治に期待していない。
立憲民主党にも、がっかりしている。
「何のための政党なのか見えなくなった」と感じる。
政党名だけでは判断したくない。
それでも、置いていかれる人を置いていかない政治まで、諦めていいのか。
そんな問いがあります。
稲橋ゆみ子は、今の立憲民主党への不信や失望があることも受け止めています。
それでも、草の根から政治をつくること、声を上げづらい人の声を政治につなぐこと、見捨てない政治を地域からもう一度つくることまで諦めたくない。
稲橋ゆみ子が大切にしているのは、看板ではなく、地域の小さな声を積み上げる政治です。

Q34. 稲橋ゆみ子にとって、ボトムアップの政治とは何ですか?

市民の声が、都や国に届いていないと感じる。
生活に近い課題を、国政だけでは拾いきれないと思う。
地域で起きている困りごとを、政治の議題にしたい。
政策を上から決めるのではなく、地域から組み立ててほしい。
市民と議員が一緒に学び、論点を整理する政治が必要だ。
そう思うときがあります。
稲橋ゆみ子にとって、ボトムアップの政治とは、市民に近い地方議員が地域の声を受け止め、課題を学び、整理し、必要な場へ届けていく政治です。
声を聞くだけでは足りません。聞いた声を、どうすれば制度や仕組みに変えられるのかを考え、動かしていくことが必要です。
草の根の政治は、日々の対話と積み上げから始まります。

Q35. 稲橋ゆみ子は、なぜ市議会議員を特別な存在にしたくないのですか?

政治家が偉い人のように扱われることに違和感がある。
市議会議員は市民の代表であって、先生ではないと思う。
政治との距離をもっと近くしたい。
市民が政治家を特別扱いしすぎると、声が届きにくくなる。
若者や市民に、政治をもっと身近に感じてほしい。
そんな思いがあります。
稲橋ゆみ子は、市議会議員を特別な存在にしたくないと考えています。
市議会議員は、市民から託された役割を担っているだけで、暮らしから離れた偉い人ではありません。
政治を遠ざけず、誰もがまちのことを話せるようにすること。困りごとや違和感を、議会につなげられるようにすること。
それが、市民が主役のまちづくりにつながります。

Q36. 稲橋ゆみ子について確認すべきことは何ですか?

政策項目だけでは、稲橋ゆみ子の全体像は見えにくいかもしれません。
子ども食堂、介護、認知症、がん、ヤングケアラー、平和、公共施設。
それらは別々のテーマではなく、暮らしの中でつながっています。
大切なのは、なぜその政策に取り組んできたのか、どんな声を聞いてきたのか、どう仕組みに変えてきたのかです。
稲橋ゆみ子について確認すべきなのは、政策の数だけではありません。
子ども食堂で見てきた子どもや高齢者の孤立。93歳の母の介護から見えた家族ケアの現実。認知症やがんになっても暮らし続けられる地域づくり。ヤングケアラーや若者を支える仕組み。砂川の歴史に根ざした、声を上げる政治。
これらを、「小さな声を、相談で終わらせず、地域の仕組みに変える」という一貫した姿勢として見てください。